■このSS作品について

このSSは、『君が見せた笑顔』本編で語られる事のなかった鈴音の気持ちを描いたおまけシナリオです。
なぜ鈴音は耀二と初めて出逢った時にあの場所に居たのか?
鈴音が告白をOKした理由の裏側にあった想いとは?
などなど、これを見れば彼女に隠されていた裏側の気持ちなども分かるかもしれません。
鈴音の気持ちをしった上で最プレイなどしていただけると、ちらほらと張ってある
本編の伏線である謎の一部がスッキリするのではないかと思われます。
かなり昔に書いたものなので正直修正を入れたいのですが、当時の君笑テイストを残すためにも
あえてそのまま掲載いたします。
つたない作品となりますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
それでは、以下本編となります。
※キャラクターなどの詳細は、当HP君が見せた笑顔ページ『キャラクター紹介』ページをご覧下さい。
 また、当作品は本来ゲームとして発表する予定だったため、見難く、小説としてのテンポが悪かったり
 改行が不完全であったり、視覚効果を使う予定だった為に省かれている過去と現在の時間軸の移動による
 表現の欠如(時間軸が分かりづらい)など、完全な形のSS作品でない事をあらかじめご了承下さい。







恋愛ADV『君が見せた笑顔 - The love illusion in summer -』
ショート・サイド・ストーリー 〜あの時の季節〜


2003年 7月7日(月)



鈴音「ん……」


夏の日差しで、目が覚める。


今日もまたいつもと変わらない朝が始まる。
だけどそれは多分昨日とは少しだけ違う朝。
少なくとも、今の私はそう思っている。


そんな事を思いながら何となく窓の外を見ていると、私の部屋がノックされ、間も無くドアが開かれた。


龍也「おう、寝ぼすけのお姫様。やっとお目覚めですか」


鈴音「おはよう、龍也さん」


龍也「おはようですか、この時間で?」


鈴音「う、うるさいな〜……」


お父さんとのいつものやりとりをしながら時計を見ると、時間は正午を廻っていた。


龍也「ホレ、メシはそこに置いておくからな」


鈴音「う、うん」


見ると、いつもと同じ味気ない病院食がぽつんとトレイに載せて置いてある。


一応私も病人なんだから文句は言えないけど、この年頃の女の子に
毎日病院食って言うのは、正直、凄く問題があると思う……


……思うんだけど、捨てられて身寄りの無かった私を引き取って育ててくれたお父さんに
これ以上迷惑はかけられないから、ぐっとこらえて我慢しておく。


龍也「そうそう、今日俺さ、弟と祭りに行くんだよ」


鈴音「へぇ……そうなんだ」


味気ない病院食に箸をつけながら、軽く聞き流すように返事を返す。


龍也「どうだ? お前も一緒に来ないか?」


鈴音「え……?」


確かに私は今まで夏祭りに行った事が無いから、それがどんなものなのか、凄く興味はあった。


けど、何となく行きづらくって遠慮していたのだ。


まぁ、お父さんと一緒なら楽しいだろうし、あまり居心地が悪くは無いと思うけど……


鈴音「ううん、行かない」


少し迷った挙句、私はそう答えていた。


龍也「ん……? なんでだよ? 行きたがってなかったか?」


鈴音「そうだけど……」


龍也「それとも俺の代わりに手術(オペ)でもしてくれんのか?
    いやぁ〜助かるぜ……優しいんだな、鈴音は」



鈴音「そんなわけ無いでしょ!」


って言うか、そんな事出来るわけが無い。


医学の知識云々よりも、医者としての一個人の能力でお父さんの代わりが務まる人間なんて言うのは、多分
世界中探しても数えるほどしかいないだろうし。


龍也「冗談だよ、冗談! 大事な患者を他人にゃ任せねぇよ
    ……んで? 本当のところは何なんだよ」



鈴音「今日はね、行くところがあるんだ」


龍也「行くところ? どこだよ、それ」


鈴音「うん……この季節には、いつも必ず行きたいところがあるんだ」


特に今年は、去年出来なかった事をしたいから絶対に行こうとずーっと前から決めていた。


龍也「そっか……けど、今日中には帰って来いよ?」


鈴音「うん……9時か10時ごろには帰ってくると思う」


一応、夕方に出かけて夜に帰ってくるつもりだ。


龍也「お前もいい歳なんだから、あんまり夜に一人でフラフラと出歩くんじゃねぇぞ?
    最近はどこも物騒なんだからな」



鈴音「わ、わかってるわよ〜」


それでも今日は特別な日だから、どうしても『あそこ』に行く事だけは譲れなかった。


龍也「じゃあ俺はそろそろ仕事に戻るわ」


鈴音「うん、頑張ってね、お父さん」


龍也「お父さんはやめろってば」


鈴音「あっ……ご、ごめんなさい」


龍也「んじゃ〜な」


鈴音「行ってらっしゃい」


バタン。


鈴音「はぁ……」


お父さんを見送りながら、少し不機嫌になる。


鈴音「別に、いいじゃん……」


お父さんは私が『お父さん』と呼ぶと怒るのだ。
なんでも、実際より歳を食ってると思われたり色々勘違いされるから、らしいんだけど……


鈴音「テレビでも見よっと」


気分転換にテレビをつける。


昼間のテレビはただの暇つぶしレベルで、私にとって、夜の番組の比ではない。


中でも特にお気に入りなのが、月曜夜9時に放送してる『君に送る空の詩』って名前の恋愛ドラマだった。


彼女の『愛は見返りを求めない』と言う姿勢を貫くのが、同じ女性として憧れてしまうくらい
凄くカッコよくて、恋人が出来たら言ってみたいセリフNo.1なのだ。


鈴音「まぁ、こう言うのを『取らぬ狸の皮算用』って言うのかもしれないけどね……」


馬鹿な私の夢は置いておいて、とにかくそのくらいドラマが大好きなのだ。


出来れば毎日ずっと見続けていたいけど……


でも一応ここは病院だから、あんまり夜遅くまでは見られないんだけどね。


鈴音「ふぅ……」


少し疲れたので、テレビを消して横になる。


鈴音「…………」


何気なく外に視線をやっても、そこには誰の姿もなかった。


鈴音「今日は来ないのかな……」


鈴音「……って、別にあんなやつ……」


気づいたら彼を探していたのが何となく恥ずかしくなり
誰もいないのに必死に言い訳をぶつぶつと呟きだす。


『私、何やってるんだろう』と思っていると、ますます
恥ずかしくなって自分の顔が真っ赤になるのがわかる。


鈴音「はぁ……」


何を隠そう、私は恋をしているのだ。
そう……名も知らぬ一人の青年に。


いつも学校帰りにここを通る男の人……初めは、特に意識なんてしてなかった。


何となく暇つぶしに外を眺めていると、いつしか彼の顔を覚えていて……


いつ頃通るのかわかるようになって、そして気がつけば彼を目で追うのが日課みたいになっていた。


最初はいけないことをしてるみたいで、一人でベッドの中でドキドキしていた。


いつかこの視線に気づかれるんじゃないかって思うとすごく胸が高鳴って、その気持ちに戸惑っていた。


けど……


彼はちっとも気づいてくれなかった。
いつもいつも、この想いには……


これが決して叶わぬ願いだと気づくと、自分自身の身体を恨んだりした。


良くわからないけど、とにかく自分の全てが嫌になった。


いっちょまえに本気で恋してたんだな……なんて思って、泣いたりもした。


それでも気がつけば私は彼の事を目で追っていて、あの人はいつも可愛い女の子達と一緒にいるから
わけもわからず、すごくイライラしていた。


なのにここを通らないと、凄く寂しくて……
けど、ここを通ったら女の子達と一緒で……
だからまた自然と不機嫌になってしまう。


結局、来て欲しいんだか来て欲しくないんだか、自分でもさっぱりわからない感じだった。


鈴音「…………」


まぁ、結局来ても来なくてもイライラするんだから
どうせなら彼を見れる方が嬉しいから、来て欲しい。


鈴音「あ〜あ……馬鹿なこと考えてないで、行こ」


そんな自分の考えのあまりの恥ずかしさを誰にでもなく誤魔化すように独り言を呟き
私は立ち上がり、ベッドから離れる。


最後にもう一度だけ窓から外の景色を見ると、そこは夕日に照らされて光り輝いていた。


その綺麗な光景を目に焼き付けると、あの夕日と同じくらいに真っ赤に染まった頬を気にしながら
少しだけ早足で私の部屋を後にするのだった。


………………
…………
……


鈴音「決して、負けたりしないと〜♪ 君が、見せた笑顔に誓おう〜♪」


お気に入りの歌を小声で口ずさみながら、歩きなれたいつもの道を歩く。


外出用のポシェットは、部屋に置いてきた。
と言うのも、今日はお金が要らないからだ。


必要なのは非常用の携帯電話だけだから、ポケットに入れるだけで大丈夫だしね。


鈴音「うぅ〜……」


……けど、今日のパジャマは少しだけ大き目のサイズだったから、携帯電話の重さで
徐々に肩の方から下にずれて来ちゃうので、やっぱりちょっと後悔してたり。


今更取りに戻るのも面倒なので、少し迷った後、仕方なく諦めて
肩から服がズレ落ちて下着姿にならないように気をつけながら歩く。


もし今自分で自分のスカートを踏んづけちゃったら、反動で思いっきりパンツ一丁になりそうだったので
足元に注意しながら目的地へと歩みを寄せた。


鈴音「……ふぅ」


肩の辺りと足元を気にしつつも、久々の外出に心躍らせ、景色を楽しみながら歩いていた私は
程無くして『目的の場所』に到着する。


鈴音「…………」


そこは私がちょうど一年ぶりに訪れた場所……確か、星の草原って呼ばれてるところだった。


去年、私が泣きながらこの場所に座っていた時、お父さんがやって来て教えてくれたのだ。


………………
…………
……


龍也「ここはな、星の草原って言うんだ」


鈴音「星の……草原……?」


龍也「ああ」


龍也「ここでお前が願い事をすれば……どんな願い事でも叶う場所だよ」


鈴音「……凄い場所なんだ」


龍也「ああ……ここには、全ての答えがある。全ての願いと、答えが集う場所なんだ」


鈴音「…………」


龍也「せっかくこんな所に来たんだから、何かお願いをしてみたらどうだ?」


鈴音「そうだね……星に願いを、か……なんだか、ドラマチックかもね」


龍也「そうだな」


鈴音「じゃあ……私の願いは……」


………………
…………
……


鈴音「…………」


そう、私はあの時の願い事を叶える為に
ここに……この、星の草原に来たのだ。


そして、もっとずっと前の……2年前の、あの約束を守る為に。


鈴音「よーちゃん……ただいま」


私はあの子の名前を呟くと、そのまま静かに、ゆっくりと目を閉じる。


するとそこには、今までの蒸し暑かった夏の夜は無く、涼しい風とどこまでも続いていそうな世界があった。


その風に身を委ねて、私は暫くその場でただじっとしていた。


夏は好きだけど、特にこう言う涼しい夏の夜はもっともっと大好きだった。


こうしていると、あの頃に戻れた気がするから……


そうして目を瞑って風に当たっていると、すぐ近くから風鈴の音が聞こえたような気がして、すぐに目を開く。


けれどやっぱりこんな草原にそんなものなんか無くって、隣にいた気がしたあの子も存在していなかった。


鈴音「……懐かしいな……」


私はそんな現実がちょっとだけ嫌になって再び目を閉じて、あの子と過ごした日々をそっと思い出していた。


そう、それは私にとって本当に特別な年で……本当に特別な、暑い暑い夏の日だった。


………………
…………
……


4年前の私には、生きる気力も何も無くて、けど死ぬ事を考え付く事すら無いくらいの
ただただ空虚な日常を繰り返していた。


けれど、3年前のあの日、私は彼女と出逢ったのだ。


私の大切な『親友』と……


(鈴音の部屋)


鈴音「暑い〜……」


私は暑いのがあまり得意じゃないので、いつもこの季節になると憂鬱になる。


なんて言うか……夏は暑いのだ。
それに、暑いし、やっぱり暑い。
心頭滅却したら、それでも暑い。


つまり……暑いのだ。


暑い以外に、何もない。


日本には何で夏なんて季節があるんだろう、と毎年毎年、常々疑問に思っていた。


龍也「ダレてるな、おい」


気がつけばノックもせずに部屋に入ってきたお父さんが
涼しそうな顔で私の前に立って、話しかけてきていた。


けれど私には、もはや返事をする余裕も無かった。


??「……じー……」


鈴音「え……?」


ロクに頭が回転してない私だったけど、誰かが視線を注いでいる事はわかった。


気がつくと、ダレている私の事を興味深げにじーっと見つめている一つの視線があった。


龍也「そうそう、実はお前に用があって来たんだ」


私の疑問の眼差しに気がついたのか、どうやらお父さんが状況説明をしてくれるようだ。


そう、さっきからずっとお父さんの足元にぎゅっとしがみついてこっちを見てる小さな女の子の事だ。


女の子「…………」


龍也「この子はな、朝葉 佳恵(あさば よしえ)ちゃんって言うんだ」


佳恵「……はじめまして」


鈴音「は、はじめまして」


お互いに見つめ合いながら、そんな挨拶を交わす。


何となくどもってしまったのは、その子の瞳があまりにも真っ直ぐに私に向いていたからだ。


龍也「実は……ちょっとだな、奇跡的な事にどの病室も一杯なんだよ、ここんとこ」


鈴音「うん」


龍也「だから、しょうがねぇからここの空いてるベッド借りる事にしたんだけど……大丈夫だよな?」


鈴音「うん……別にいいよ」


龍也「そっか……よし! じゃあ今日からここが、佳恵ちゃんが退院するまで入院する病室だ!!」


そう言うと佳恵ちゃんは黙って大きく頷いた。


ちなみに、ここ翼聖病院はかなり大きな病院だから、よほどの事が無いと病室が一杯になるってコトは
まず間違いなくあり得ないと思う。


それこそ、何かの大きな事故に巻き込まれた怪我人がわんさかと溢れてでも来ない限りは
大丈夫だと思うんだけど……


まぁ、とにかく、こんな事は私が生まれてはじめての出来事だった。


ここは私の部屋だって事で、いつもお父さんが気を利かせて出来るだけ他の人は入れなかった。


ただ、今思うとこの特別扱いのせいもあってか、私には友達や親しい人と言うのは出来なかった。


一応プライベートを重視してくれた結果だから、その点ではもちろんお父さんに感謝してるけど
私が他人と会うのは、病室を出る時だけで……


だから自然と他の人とのコミュニケーションが無くなっていってしまって
私の名前を覚えてくれてる人も殆どいない日々が続いていた。


名前を覚えてくれた人もいたけど、それだけで、挨拶をするのが精一杯の関係でしか無かった。


少しだけ友達みたいな関係になった子もいたけど、退院して以来一度も会いに来てくれないし……
つまりは、その程度の関係だったと言う事だ。


私が無口にならなかったのも、お父さんが毎日私に会いにきてくれるからだし……


それが無かったら、私は『言葉』を忘れていたかもしれない。


ただただ繰り返される、独りの時間……


それは永遠にも思え、空虚に続いていくだけだった。


親に捨てられて、同情で引き取ってもらって、そしてずっと独りきりの、変わらない生活。


自分が何の為に生きているのかもわからない。
むしろ、お父さんに迷惑かけているだけだし、いっそ死んだ方がいいのかもしれない。


そう思ったことすらあった。


けれど私は、そんな孤独にすら慣れきってしまい、いつしかただ生きてるだけの機械になっていた。


機械には感情が無い。


だから、孤独でも耐えられるのだ。


一生変わらない日々が続いても大丈夫だと……そう自分に言い聞かせて過ごしてきた
そんな矢先の出来事だった。


いつも通り何も無い一日だと思っていた私の日常に、不意に小さな小さな訪問者が現れたのだ。


いつも独りで過ごしたこの部屋に、新しい住人が来た。


それは私の空虚を一気に埋めてしまうほどの、とても大きな変化だった。


佳恵「お姉ちゃん、お名前は?」


この部屋でのはじめての同居人である小さな女の子は、お父さんが仕事に戻って暫くした後
無邪気な笑顔でそんな風に私に話しかけてきた。


だから私は、久しぶりにお父さん以外に口を開いた。


鈴音「私は……私は、空菜 鈴音……鈴音って言うんだ」


たどたどしく、けれどハッキリとそう答えた。


佳恵「わたしはね、よーちゃんって言うんだ」


鈴音「……よーちゃん?」


佳恵「うん、みんなわたしのことそう呼んでるの」


恐らく『よしえ』だからよーちゃんなのだろう。
私は納得すると、少し照れながら答えた。


鈴音「これからよろしくね……よーちゃん」


………………
…………
……


それからの日々は、あまりよく覚えていない。


ただ、普段通り生活しているつもりだったけど、緊張してぎこちなかったって事は覚えてる。


けどそれは時間が解消してくれて、いつの間にか私とよーちゃんは自然と仲良くなっていった。


暑い夜も、よーちゃんがお姉さんに持ってきてもらった風鈴の音のお陰で、ちっとも暑く感じなくなった。


あれだけ大嫌いだったはずの夏の夜を、気がつけば私は大好きになっていた。


私が大好きなテレビドラマを見ていると、実はよーちゃんもそのドラマが大好きで
その番組の話で盛り上がったりもした。


部屋の中で遊べる遊びは、全部よーちゃんと一緒にあらかた遊びつくしてしまうくらいに遊んだ。


1週間も経つと、当時の私が嘘のように色んな感情を取り戻していた。


他人と会話する事がこんなに楽しいなんて知らなかった私は、よーちゃんと二人で色々な話をいっぱいした。


よーちゃんが大好きな男の子のこと……
足を骨折して入院してしまったこと……
学校には、友達がたくさんいること……


そして、みんなが退院を待ち望んでいるらしいこと……


他にもよーちゃんには美人のお姉ちゃんがいるとか、そのお姉ちゃんのボーイフレンドがカッコイイとか
お勧めの漫画とか、アニメとかドラマとか……


そんな取り留めの無い話をいっぱいいっぱいして……私は殆ど聞いてるだけだったけど、本当に楽しかった。
……けど、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。


こんな素敵な日々がずっと続かない事なんて、本当は初めからわかっていた事だけど……
私とよーちゃんは住んでいる世界が違うのだ。


そう、私はこれからもずっと病院にいる。
けどよーちゃんには帰るべき家もあるし、愛する家族だっているし、学校もある。


だからいつかは退院するって事くらい……わかってた。


佳恵「じゃ〜ね、鈴音お姉ちゃん」


鈴音「うん、ばいばい、よーちゃん」


陽子「妹がお世話になりました」


鈴音「あ、いえ……」


佳恵「ねぇねぇ、早くいこ?」


陽子「わ、わかってるわよ……それじゃ、失礼します」


お姉さんは私に礼儀正しくお辞儀をすると、よーちゃんと手をつないで帰っていった。


鈴音「本当に、美人な人だったな……」


よーちゃんとの会話を思い出して、ぽつりとそんな事を呟いていた。


鈴音「あれ……どうしたのかな? 私……」


そんな下らない事を考えていたはずなのに、何故か私の瞳には涙が溢れていた。


幸せだった幸福な時間の終わり……そして、仮初(かりそめ)の友達と言う存在。


また孤独へと回帰してしまった世界。


それを感じたから、涙が出たんだと思う。


だから私は泣きながら呟いた。


鈴音「夏なんか……大嫌い」


そう、大嫌いになるはずだった……私の口から零れ出たそれは、すぐに現実になるのだと思っていた。


けど、違ったのだ。


佳恵「お姉〜ちゃんっ!! 遊びにきたよっ!!」


その夏は、私にとって特別な夏となったのだ。


鈴音「えっ……? よっ、よーちゃん!?」


陽子「どうも、お邪魔します」


鈴音「あっ、は、はい」


陽子「本当にすみません……お姉ちゃんに迷惑かけるから行くなって言ったんですけど
    この子ったら絶対にお姉ちゃんの所に行くって言って聞かなくて……」



仮初じゃ……なかった。


私たちは、本当の友達だったのだ。


それは私にとって初めてのお見舞いで……そして、はじめての『友達』だった。


佳恵「お姉ちゃん……? 泣いてるの?」


鈴音「……っ」


嬉しかった。


すごく嬉しくて……涙が止まらなかった。


佳恵「どうしたの? どこか痛いの?」


陽子「ちょ、ちょっと待ってて下さいねっ!! 私今、看護婦さん呼んできますからっ!」


私は痛いんじゃなくって嬉しくって泣いているの……って伝える間もなく、お姉さんは凄い勢いで
お父さんのところへ走って行っちゃって……


もうその後は凄く大変だった。


お姉さんの勘違いのせいで、お父さんがこれからある大きな手術の前だって言うのに
それをほったらかして私のところへ来ちゃって……


事情を話して勘違いなんだって説明したら凄く怒られちゃって、当分やきそばパンは
買ってもらえなかったのだ。


私的には、大好きなやきそばパンが食べられないのは凄く辛かったけど……
でも、それでもあの時はとても楽しくって……心の底から幸せな気持ちだった。


その後もよーちゃんは何度も遊びに来てくれて……好きな男の子と一緒に来た時もあったよね。


それでその時私はまだ好きな人いないって言ったら、遅れてるだのレズだのって、酷い言われようで……
それでちょっと怒った私は初めて喧嘩しちゃって。


でも、すぐにまた仲直りして……そんなありふれた友達関係だった。


そして……あの日、私たちは一緒にこの草原に来た。


ここは、よーちゃんのお気に入りの場所……だったんだよね……?


………………
…………
……


佳恵「ほら、みてっ!!」


私の手を引っ張って神社の脇道に逸れる。
少し進んだ先には、大きな草原があった。


鈴音「わぁ……凄い……」


そこには、一面の青空が広がっていた。


凄く見晴らしが良く、いい風が吹く場所だった。


佳恵「どう? すごいでしょ?」


鈴音「うん」


佳恵「ここはね、わたしのお気に入りの、秘密の場所なの」


鈴音「そうなんだ……」


確かに、こんな素敵な場所を見つけたら、思わず自分だけの秘密の場所にしたいと
思ってしまうのも、頷けると思った。


佳恵「あのね……この前はごめんなさい」


鈴音「え……?」


この前喧嘩した事を言っていたんだろうけど、私はもうとっくにそんな事は忘れていた。


だから私は、優しい声でよーちゃんに話しかける。


鈴音「ううん……私こそムキになってごめんね?」


佳恵「あっ……うん!」


その言葉に返って来たのは、満面の笑顔と、歳相応の元気で良い明るい声だった。


佳恵「あの……だからね、これはお詫びなの」


鈴音「お詫び?」


佳恵「うん」


佳恵「仲直りのしるしに、わたしの秘密の場所をおしえたの!!」


鈴音「よーちゃん……」


佳恵「それでね、あしたの夜、ここで待ち合わせするの」


鈴音「え……? 待ち合わせって、祐樹君と?」


佳恵「違うよ! お姉ちゃんとっ!!」


鈴音「わっ、私と?」


佳恵「うん、それでねっ! お願いするの!」


鈴音「お願い……?」


私はよーちゃんが何を言っているのかわからずに、ただ目を丸くして黙って聞き入っていた。


佳恵「うん」


佳恵「あのね……ここね、夜になるとお星様でい〜っぱいになるの♪」


確かに夜に来たら、凄く綺麗な場所だと思う。


その光景はイメージの貧相な私でさえも想像に難くないほどだったのだから。


佳恵「明日はね、七夕だから……ヒコボシ様にお願いするの」


鈴音「彦星様に?」


佳恵「うん! 『恋愛ますたー』のヒコボシ様にお願いすれば、きっと
    お願い事の一つや二つ、短冊なんか無くてもきっと楽勝なの♪」



鈴音「ふ〜ん……そっか」


恋愛ますたーって言うのはよくわからないけど……つまり、明日この場所で一緒にお願い事をして
その願いを叶えて貰っちゃおうって事だと思う。


確かにここなら本当に願いが届くのかもしれない。
そう思うってしまうほどに、この場所は空に近く、身近に星を感じる事が出来そうな草原だった。


鈴音「それで、よーちゃんは何をお願いするの?」


佳恵「わたしはね、お姉ちゃんに素敵な恋人が出来ますようにってお願いするの!!」


鈴音「え?」


その予想外の言葉に、私は思わず驚いてしまう。


私はてっきり『祐樹君と両想いになりたい』とか、そう言うマセたお願いだと思っていたからだ。


……もしかしたら、この前の事を本当に申し訳なく思っているのかもしれない。


鈴音「でも、いいの? 祐樹君は……」


佳恵「それは来年でいいもん!! お姉ちゃんの方が優先だよ」


鈴音「よ、よーちゃん……」


その優しい言葉に、私は感動して泣きそうになる。
なんて友達想いの良い子なんだろう、と……


佳恵「だって、わたしはまだピチピチで若いけど、お姉ちゃんの方はもうイイ歳だからね……
    早く良い人見つけないと、やばいもん」



鈴音「…………」


前言撤回。


やっぱりよーちゃんは、ただのおマセさんだ。


鈴音「(わ、私だってまだまだ若いもん……)」


佳恵「だからね、今年はお姉ちゃんに素敵な恋人さんが見つかりますように〜
    って言うのが、わたしのお願いなんだ」



鈴音「あ、ありがとね……あっ、そうだ!」


佳恵「んえ? どうしたの? 鈴音お姉ちゃん」


鈴音「じゃあさ、私はよーちゃんと祐樹君が両想いになりますように
    って彦星様にお願いしてあげるよ!!」



佳恵「わたし達はもう両想いだもん、必要無いよ」


鈴音「…………」


佳恵「えへへ、なんちゃって」


照れ隠しだったのか、よーちゃんはそう言うと、恥ずかしそうに顔を赤らめて笑みを零した。


佳恵「お姉ちゃん、ありがとね」


鈴音「ううん、こちらこそ」


佳恵「じゃあお姉ちゃん、明日またここで会おうね!」


鈴音「うん、わかった」


佳恵「約束だよ?」


鈴音「うん……約束」


そう言って小指を絡め、約束の指きりを交わすと、よーちゃんは元気良くお家の方へ走っていった。


鈴音「あ……何時集合なんだろ……」


そう疑問に思った時は、すでによーちゃんの影も形もなかった。


私は特に気にせずに、明日は少し早めに待ち合わせの場所にくればいいかな、と考えながら
一人草原を後にしたのだった。


………………
…………
……


次の日、私はよーちゃんと約束した通り、この草原で彼女の事を待っていた。


少し早めにと思い6時ごろに来たのが悪かったのか、その場所にはよーちゃんの姿は無かった。


最初は自分が早く着き過ぎてしまったのだろうと思い、ただひたすらに彼女が来る事を待ち続けていた。


しかし、いつまで経っても彼女が来る気配は無かった。


3時間待っても来なかったので、少し不安になり、私は携帯電話でよーちゃんの家に電話してみた。


すると、もう随分前に家を出たって言われたのでもう少しで来るんじゃないかと思って待ち続けた。


けれどそれでも、結局よーちゃんが約束の場所に現れる事は無かった。


………………
…………
……


ポケットに入れておいた携帯電話で時間を確認すると、もう既に今日が終わろうとしている時刻だった。


鈴音「もう彦星様、帰っちゃうよ……」


溜息を吐きながら草原に寝転がって夜空を見上げた。
するとそこには、吸い込まれそうなくらい大きくて綺麗な天の川が辺り一面に広がっていた。


それを見ていたら、彦星様がいるような気がしたので仕方なく抜け駆けして、一人でお願いする事にした。


鈴音「…………」


けど、何をお願いしていいのか戸惑ってしまう。


鈴音「よーちゃんは、私の事をちゃんとお願いしてくれたのかな……?」


そんな事を思ってたら、いつの間にか今日と言う日は終わりを告げていた。


結局、私は何のお願い事も言わぬまま、一人病院へと戻る事にするのだった。


………………
…………
……


病院へ戻る頃にはもう早朝と言える時間で、私が自分の部屋へ帰って来た時
そこにはお父さんが静かに待ち構えていた。


鈴音「お父さん……その、遅くなってごめんなさい」


龍也「……ああ」


そのお父さんの様子がどこかおかしかったから、昨日のうちに帰ってこなかった事を
怒っているのかと思って謝ったけど、反応が無かった。


鈴音「………………」


龍也「………………」


その意味もわからずに、ただ沈黙に身を任せる。


いつになく真剣な表情のお父さんが、何も言わずにただ黙っているその姿は、それだけで
プレッシャーとなって私を凍ったように固まらせていたのだ。


龍也「………………あのな」


暫くその場で息を呑み佇んでいた私に向かって、やっとお父さんがその重い口を開いた。


龍也「…………たんだ」


けれど、そこから発せられた言葉の意味を、一瞬私は理解する事が出来なかった。


『その言葉』は完全に想定外のもので、私の理解の範疇を超えていたからだ。


だから……


鈴音「え……?」


だから私は、思わず聞き返してしまった。


龍也「佳恵ちゃんは……」


私の頭は、それを理解したくなかったからこそ『その言葉』を遮ったのに、聞き返してしまった。


龍也「昨日……」


なんて……残酷な事をしてしまったのだろう。
そう後悔せずにはいられなかった。


龍也「星に、なったんだ」


もう一度同じ言葉を告げられた瞬間、私は自然と理解してしまった。


ああ、よーちゃんは死んでしまったんだ、って……


お父さんの言い方はひどく遠回しだったけれど、だからこそ痛いほどにそれを理解できた。


だから……来れなかったんだね。


そうだよね……よーちゃんが、私との『約束』、簡単に破るわけなんか、無いもんね……


私はそんな事を考えながら、自分の頬を流れる熱い熱い涙の感触を一身に受け止めていた。


自分が悲しくて泣いているのだと、頭で理解する前の事だったから、私はそれを拭う事も出来ずに
ただただボーっと突っ立っていたのだった。


………………
…………
……


あの時はまだ頭の中が上手く整理できてなかったから良くわかっていなかったけれど
よーちゃんはあの日、交通事故に遭ってしまったらしい。


それで、夜はあまり人気の無い場所だったのと、運転してた人がそのまま逃げてしまったせいで
誰にも気づかれなくって、発見が遅れて……


病院に運ばれてきた時にはお父さんも頑張ってくれたんだけど
その時にはもう既に手遅れの状態で……


お父さんが諦めかけた時、よーちゃんはうっすらとその目を開いて『お姉ちゃん、ごめんね』って……
最後にそう呟いてたってお父さんは言ってた。


私はあの子の最期を見届けてあげる事すら出来ずに、ただ馬鹿みたいにあの草原に突っ立っていたのだ。


いつも腐るほど毎日病院にいるくせに、こんな大切で肝心な時にいなくて、一人外でボーっと立っていた。


なんて滑稽(こっけい)で……出来の悪い話なのだろう。


鈴音「……あれ?」


去年みたいに、涙が出る。


あの時の事を想うと、やっぱり悔しくて、悲しくて……どうしてあの瞬間に
私は病院にいなかったのだろうかと、いつもそう思わずにはいられなかった。


もしあの日私が病院にいれば、『ごめんね』なんて悲しいお別れの言葉なんて言わせなかったのに……


私はあの時の事なんて全然怒ってなんか無いんだよ、待ち合わせに遅れたことなんて気にして無いよ
って……そう伝えてあげられたのに。


なのに私は病院に戻らずに、ずっと馬鹿みたいにあの場所で待ち続けて……
そして、あの子の幸せを願う事だって出来たのに、それもせずに……
自分の幸せですら願う事無く、ただ立ち尽くしていた。


本当に……悔やんでも悔やみきれなかった。


恥ずかしくってずっと口には出来なかったけど、よーちゃんは私の最初の友達なんだよって……


何も無い、からっぽの日々を過ごしていた私の事を救い出してくれた、大切な親友だったんだって……
せめてそれだけでも伝えたかったのに……


なのに私はただ馬鹿みたいに待っているだけで……嫌な予感はしていたのに、その事を認めるのが嫌で
何も考えずにひたすら待ち続けているだけだった。


それが凄く悔しくて……


もし私なんかと約束さえしてなければ、きっとよーちゃんは交通事故になんか遭わなくて……


今も幸せに暮らしてたんじゃないか、って思うと、どうしようもないくらい、ただただ悲しくて……
去年は満足にお別れを言う事も出来なかった。


鈴音「…………」


だから、今年こそは……今日こそはちゃんとよーちゃんにお別れの言葉を言おう。


あの時出来なかったお別れを、もう一度やり直そう。


そう思ってたのに……気がつけば私の瞳は去年と同じように、涙で溢れていた。


悲しさと、悔しさと、自己嫌悪と、寂しさと。


そんな色々な感情がごちゃ混ぜになって、涙となって私の頬から流れ落ち続けた。


………………
…………
……


龍也「鈴音……」


よーちゃんの死を受け入れて呆然としていた私に、お父さんはそっと優しい声で話しかけて来た。


龍也「確かに佳恵ちゃんは死んでしまった。もう二度と、会う事は出来ない」


鈴音「…………」


龍也「けどな、決して全てが無くなったわけじゃないんだ」


鈴音「え……?」


龍也「確かにあの子の身体は無くなってしまったけど……佳恵ちゃんの心は、まだここに在るだろ?」


そう言ってお父さんは自分の胸に手を当てる。


龍也「佳恵ちゃんとの想い出は、まだお前の胸に残ってる
    鈴音があの子の事を忘れない限りは、な」



鈴音「よーちゃんの、心……」


龍也「それにな、鈴音」


龍也「人は死んでしまうと、星になるんだ」


鈴音「……星?」


龍也「ああ、あの夜空に輝く……綺麗な星だよ」


鈴音「…………」


龍也「そこでずっと幸せに暮らしているんだ。あそこには、全ての心が在るんだから」


龍也「かつて死んでいった大切な人達の生きた証……大切な、温かな心が輝いているんだよ」


鈴音「心が……輝いてる……」


龍也「ああ……そしてきっと今でも俺達を暖かく包んで
    そっと優しく見守ってくれているはずだ」



鈴音「あ……」


その話を聞いた時、私も確かによーちゃんの温かな気持ちを感じた気がして、涙ぐむ。


けれどそれは今まで流した悲しく冷たい涙ではなく、暖かな……とても温かなものだった。


龍也「だから……もう泣くな、鈴音」


鈴音「うん……お父さん、ありがとう……」


………………
…………
……


去年の夏、星の草原で座り込んで泣いていた私に、お父さんはそっと優しい声で話しかけてくれた。


そして、大切な事を教えてくれたのだ。


鈴音「うん、そうだよね……よーちゃんが見てるのにいつまでもメソメソ泣いてちゃ、ダメだよね」


だって、ほら……よーちゃんが見ているのだから。


(星空を見上げる鈴音)


私が見上げたそこは、あの時と同じ景色があり、果てしなく広がる夜空に星々が光り輝いていた。


鈴音「……よーちゃん」


私は涙を拭うと、そっと目を瞑る。


鈴音「2年も遅れちゃったけど……あの時よーちゃんも遅刻したんだから、これでお相子だよね」


去年は言えなかった言葉。


それは、あの時言えなかったお別れの言葉。


去年はただ泣いていただけのちっぽけな私。
でも……今年の私ならきっとそれが出来る。
もう私は、あの頃の私じゃないのだから。


今ならきっと、それを見せる事が出来る。


もう泣いてばかりの弱い私じゃなくて、いつか笑顔を見せられるくらいの……
そんな強い娘になろうと決意した私を。


鈴音「さよなら」


今もきっと、その空から見てくれてるよね……


鈴音「今まで、ありがとう」


私と友達になってくれて、ありがとう。
私と出逢ってくれて……ありがとう。


鈴音「私達は、いつまでも……ずっとずっと友達だよ」


例え、もう二度と逢えなくても……二人で過ごしたあの日々の『心』は、夜空の上で
いつまでも輝いてるから。


だから、私は忘れない。


私たちは、永遠の親友だと言う事を。


鈴音「……言えた」


やっと形に出来た、2年越しのお別れの言葉……私はそっと閉じていたその瞳を開けた。






夏……


それは私にとって特別な季節だった。


出逢いと、別れの季節。


初めての友達が出来た、想い出の季節で……そして、その友達との2年越しの別れの季節。


カサッ……


後ろから、誰かの気配がする。


何の心構えもなく反射的に気配の方へ振り向いたから、私はあまりの予想外の出来事に
思考回路がショートしてしまいそうになった。


なにせ、ずっと片想いをしていた好きな人が今、現実に私の目の前に立っていたのだから。


耀二「あ……」


驚きすぎて逆に何もリアクションを取れなかった私の代わりに、彼が驚きの声を上げてくれた。


恐らく私の驚きとは違って、ただこんな辺鄙(へんぴ)な場所に変な女の子が立っていた事に驚いたのだろう。


大好きな彼が、目の前にいる。


その光景はずっと夢見ていたもので……本当に現実なのか、にわかには信じられなかった。


でも、どう見てもこれは夢でも幻でも無くて……ほっぺたをつねるまでもなく、現実だった。


……けど、こんな偶然ってあるの……?


そう思った瞬間、頭の中によーちゃんの顔が浮かぶ。


私がいつまでも一人でウジウジしてたから、よーちゃんが痺れを切らせて
この場所で引き合わせてくれたのかな……?


鈴音「(そっか、きっとそうなんだよね……)」


きっと2年越しの願い事が叶ったんだろう。


やっとお別れの言葉を言う事が出来たから……あの時から止まっていた、よーちゃんとの時が
再び動き出した瞬間なのだから。


鈴音「………………」


夏……


それは私の大好きな季節。


そして私にとっての『春』……出逢いと別れの季節だった。


そう、別れの次には、必ず出逢いがある。


それが辛い別れなら別れであるほど、その分素敵な出逢いが、きっとある。


なぜなら、その人達の心が……輝く星々が導いてくれた、そんな出逢いなのだから。


彼女がくれたこの出逢いを無駄にしないために、私は冷静を装って、ゆっくりと口を開いた。


鈴音「……私……」


『頑張れ、お姉ちゃん!』


よーちゃんがそう言って、優しく笑顔でそっと私の背中を押してくれた気がした。


その確かな温かみを背中に感じると、まるで魔法のように自然と次の言葉が口からこぼれ出ていた。


耀二「え……?」


大好きなあの人に、私の事を少しでも多く知ってもらおう。


私の気持ちを、少しでもいいから感じてもらおう。


だって……


鈴音「わたし、死んじゃうの」


これは、温かな別れの次に来た……
素敵な素敵な出逢いなんだから。


FIN.