シリーズ・私のバイト先 〜 個別指導塾編(Y君編・完結編)

断っておくと、Yは決して勉強が出来ないわけではない。
ラスト数ヶ月の実力の伸びは目覚しいものがあった。


僕の杞憂など無駄であったかのように、Yは勉強した。
僕がどこまでYの成績に貢献できたかはいまだに未知数である。


が、Yが頑張らなければ、僕たちは深みにはまって行っただろう。
結局Y次第だったのだ。


そして、残念ながら第一志望ではなかったのだが、Yは自らの手で、とある大学の合格をもぎ取ってきた。




合格報告をYから受けた日。
僕は思わず本音を言ってしまった。


「すごいな、Y。おめでとう。心からおめでとう」
「いやぁ……ありがとうございます」
「でも第一志望じゃないな。浪人は考えているのか?」


「いえ、これも結果です。大学に行ったら今までの分も頑張ろうと思います」


Yはそう言って笑った。


「……俺の指導力がもっとあれば、お前を合格させられたかもしれない」
「先生、いいんです。これは俺の実力です。満足していますよ」


「俺が何か言う資格は無いが……すまなかった」
「いえ、こちらがお礼を言いたいくらいなんです。先生、一年間ありがとうございました」




Yは僕を許してくれたのだ。


……それでも悔いが無かったわけではない。
でもそんな奇麗事を言っても始まらないことは理解していた。


でも僕にもっと指導力があれば……などと、正に英語の「仮定法過去完了」である。
――過去についてのあり得ない願望や、満たせなかった条件が成り立ったとしたらの表現法。それが仮定法過去完了。


僕は考えるのをやめた。
仕方が無かった、などと後ろ向きに捉えては彼に失礼なのだ。
当時やれるだけの最大限を、僕は確かにYに与えたはずだ。




……彼はその後、自分で選んだその大学で一生懸命勉学に励んでいる。
僕と彼の関係はYが塾を止めた後も終わったわけではなくて、今ではたまに連絡を取り合う「友人関係」だ。


今はお互い、あの頃を思い出すことはあまり無い。


――時が経ち、季節がめぐっても。
お互いの成長の痕跡、ノートの切れ端。僕がYの回答に赤を入れている。
必死だった当時の感情そのものがそこに記録されていた。


……Yと僕の緩やかな友情は、今この瞬間も続いている。(おわり)