苦行を駆け抜けて

バイトを辞めて丸一日が経つ。たった一日。
だが、浮かんでは消える記憶に翻弄され、現実を見失いそうになる。
先日話したとてもいやなこと、とは退職数日前の出来事だ。


悔しくて悲しくて、それがまたふとした事情で今日も掘り起こされた。


考えがまとまらないとか、そんなレベルでないほど落ち込んだ。
高校時代にも似たことがあった。そういえば、あの時はどうだったなぁ、などと考えながらただ地元の街を歩いていた。


高校時代。
駅ビル地下のたこ焼き屋に友人とよく行っていた。
嫌なことがあっても、少しも表に出さず、涙ぐみながらたこ焼きを頬張った。
夏も近かったのに、花粉症なんだと言って。


そして気づくと手に、あの日のようにたこ焼きが入った袋がぶら下がっていた。
本当に、いつ買ったか定かでない。私は無意識のうちにあの日のたこ焼きを買っていたようだ。


たこ焼きを歩き食いしながら、私はそのまま高校時代に歩いたルートをたどり始めた。
このままタイムスリップ気分も悪くない、と思ったのだ。


しかし、昔確かに歩いたはずの道は見覚えがないものになっていた。一切様相は変わっていないはずなのに。
方向感覚さえ失い、ここが何階か、なんていうことまでぼんやりとしてきた。
高校時代に向かって歩いたのに。私は時の迷路に迷い込んだ。


ああ。
僕は、確か大学生。このたこ焼きを食べるのは、4年ぶりなんだ。


ここにいる大学生の自分。確かに見える高校時代。
それは幻影だったのだ。


おんなじ様なことで、おんなじように落ち込んでいる自分を発見する。
自分はもしかして、思ったほど成長してないのかもしれない。


自分の意外な側面がなぜかとてもおかしくて、私は誰にも悟られないように微笑んだ。
たこ焼きの味という現実の感覚が、記憶のまやかしを現実に見せたのだろう。


駅ビルを出ると、まだ少し冷たい風が私をうつ。
春の匂いなんてものがあるのか確かめようと、私は大きく鼻呼吸しながら家路についた。


……思いっきり、むせながら。