木が欲しいなら

どこもかしこも量子力学だらけですねw いや、ひぐらし製作日記(8/21分)を読んできたところです。「シュレディンガーの猫」は語呂がいいのか学説として面白いからか、それとも猫が出ているからか(笑)、よくシナリオに応用されているのを見かけます。趣味で物作っている綾名さんとしてではなく、生物学者の卵としてみてもあの学説は興味深いのですが、私はどうも「量子力学一辺倒」というか、いわばブームのようなこの機運に食傷気味です。
私は塾でバイトしていたおかげでやはり量子力学に興味を持つ方を友人に持っていますが、確か彼女とはよく量子力学が面白いのはSFめいたところだ、という話をしたように思います。私は物理学が専門ではありませんが、何か物理学は整然としてしまっており、無機的な印象を受けます。シュレディンガーの猫だって箱を開ければ世界は確定するんですが、私の畑である生物学はどうでしょうか。
まったく同じ温度・湿度・明るさ……などできるだけ環境条件を整えて、猫を飼います。6時間ごとに同じ場所に同じ量、同じ餌を与えるとして、猫は毎回餌を食べきるでしょうか。これは言わば、箱を開けるまでもなく、箱などない状態です。猫は機嫌が悪かったら食べないかもしれません。お腹痛いかもしれません。ニャー。
そう。生物学はまるで予測が効かないのです。食べるか食べないかが1/2ずつ存在するわけでもありません。箱をあけて確認するまで確定しないのではありません。予想できないほどの要素が絡み合ってではありますが、結果は決まっているのです。猫は完食するかも知れません。少し残すかもしれませんし、まったく食べないかもしれない。複数の世界が存在するのではなく、アナログにつながる世界のどこに落ち着くか予想できないのが生物学。


物理分野での量子力学のような人気のある分野は生物学で言えば生化学・分子生物学にあたると思います。 これらは体の中の化学反応を詳しく見て、どういう反応から生命現象が起こっているのかを説明しようとする学問です。例えばDNAを複製するときどんな反応が起こっているのかは、分子生物学の教科書に載っています。
その教科書だけ眺めていれば、DNAの複製は一切のミスもなく100%確実に行われるように見えますが、複製をミスすることもたくさんあります。複製のミスとはどのようなことであるかは詳しく触れませんが、その原因というか、なぜ、いつ、どこで発生するかはまったく予測できない、ランダムなものなのです。
もしかしたら私たちがまだ知らないある法則に則っているのかもしれませんが、現状は生物の体はランダムだらけの上に成り立っていると言い切っていいでしょう。いつ反応が止まってしまっても、つまり死んでしまってもおかしくないのです。安全装置がいくつもくっついているから元気に見えるだけ。あるいは、細胞一個が死んだところで平気になった多細胞生物だから。これはニヒリズムに浸ったわけでも何でもありません。事実、複製に失敗して死んでしまう細胞はかなり多いはずです。


ユーザが選んだ選択肢によって世界が決まる、というのはいかにも量子力学ですが、いったい何が起こるか予測できないという生物学的「多様性」をシナリオに生かせないかなぁ、とか思ったんですが、だめですかねぇ。ランダム分岐ってすごく嫌われますものね。私も嫌いですw
でも生物学っぽいシナリオって何か憧れるんです。生物学的な背景を持ったシナリオ、でもつまらない。生物学的根本をゲーム性に生かすのです。でもそれって結局ランダム分岐だよなぁ(無限ループ)
今小さなゲームを企画してます。先日お話した私個人の製作です。こちらはもしかしたら、ひょっとすると、オールランダム分岐にしてしまうかもしれませんw 生物学的ゲーム、実際にやってみたらどんな印象を受けるのか試してみようと思うのです。


余談。何か作品が作りたいなら哲学と論理学、心理学は必須だと思います。自然科学、とくに物理学と数学も視野が広がります。まぁ、その前に日本語を正しく使うという前提があるかもですがw